自尊心の種

自分自身、自尊心が高いとは思っていません。

なぜなら、子どもの時にあんまり褒められたり、認められたという経験が思い出せないから。

ダメなところを指摘されたり、怒られたり。

親の会話から漏れ聞こえる「この子はこうなんだから」という間接的なダメだし

思い出せるのはそんな経験ばかり。

親に認めてもらいたくて良い子でいないと。という自己暗示をかけていたように思います。

 

自分の母親は反面教師だとずっと思っていました。

自分がされて嫌だったことは、自分の子供にはしない。と思って子育てをしてきました。

ただ、基本的な思考は無意識な言動は、親から引き継いでいたように思います。

 

日本人は特に、人からどう思われるのかを気にする傾向が強いように感じます。

うちの母親は特にこの傾向が強かったように思います。

 

子どもの時のわたしは、絵を描いたり、ぬり絵をしたり、着せ替えで遊んだり、とにかくインドアで一人で遊ぶのが好きな子どもでした。

母親はいつもそんな私のことを「内弁慶」と表現していました。

活発に外で遊ぶような子どもを期待していたのかもしれません。

その言葉の呪縛で、とても人見知りで他人と関わるのが苦手な思春期を過ごしました。

でも、その子どもの時の遊びが、後のデザインや物作りに結びついているんです。

そして自分らしさそのものでした。

それまでの経験の全てが自分を作っていることに気がついたとき、初めて自分の価値を認めることができました。

 

小さい時に、もっと認めてもらうことが出来たならば、積極性は自然と身についてたかもしれません。

自尊心の種は、親が期待する子どもに育てる。ことではなく、

子どもの生まれ持った資質や能力を、親の期待のフィルターを通すことなく、まるごと認めることで育っていくのだと思います。

親の態度や言葉が子どもに与える影響はものすごく大きく、その後の人生に影響を与えるものです。

 

 

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